世間を驚かせることに
熱狂する毎日を!

新規メディア開発室・編集長

1994年入社 佐々木 和也SASAKI KAZUNARI

広島県三原市 / 広島修道大学大学院

新規メディア開発室とは、どんな仕事をするのですか?

『週刊ザテレビジョン』『JTBるるぶ広島』の現地編集記者、『広島グルメガイド』などの自社メディアの編集長を経て、いまや広島で大好評の生活情熱誌『まるごと安佐南&安佐北。』をゼロから立ち上げ、8年間、編集長をやりました。昨年から新しいメディアを立ち上げる部署を新設。専門外のWeb系の猛勉強やパートナー探し、いろんな人と意見交換をしながらプランを練っています。

8:00  メールチェック
せっせと返信したり、削除したり。
9:00  朝礼・そうじ
できるだけ笑顔と声を出すことを心がけて参加。その日の新聞の気づき発表、「流行ものスピーチ」など司会者に突然当てられてもカッコ良くスピーチができるように意識しています。
10:00  某IT企業さんが来社
新規メディアの立ち上げに向け、システムやスタッフ構成についてミーティング。新規事業は外部パートナー企業との連携・コミュニケーションがとっても大事です。
12:00  お昼
社内で書籍を読みながら愛妻弁当を。食後は会社から徒歩10秒のところにあるセブンイレブンのセブンカフェへ。
13:00  環境整備
2015年より、13時から15分間は環境整備の時間に。
14:30  「ご近所で愛され続ける店づくり勉強会」の運営・司会
広島市北部限定のご近所ライフ情熱誌「まるごと安佐南&安佐北。」(月刊/無料)主催の経営者・店長向け勉強会。集客数のUPや会社経営、数字管理などを講義。みんなが本音で意見交換できるよう司会をしています。
17:00  事業プランの作成
新規メディアの事業プランをコツコツと作成。「あったらいいな」なものを頭で考えるだけでなく、方眼紙に自由に書き込みながらアイデアを出したり、組み立てていきます。

学生時代にこのままでは「まずい」と思い奮い立ったことを教えてください。

自信が持てないというか、自分らしく人と関わりきれない自分に「まずい」と思いました。大学1年夏のことです。広島市という〝大都会〟で一人暮らしを始め、大学という異色な人が大勢集まる場に委縮したんだと思います。で、どうしたかというと同じような心境だった大学の友人たち、寮の仲間たちと毎日のように遊びまくりました。毎晩のように語り合いました。いろんなバイトもやり、哲学的な本も読みまくりました。笑ったり、怒られたり、勝手に落ち込みながらも社会と自分自身にとことん向き合い、「生きる」(しかもこんな社会の中で)って何かの答えを探していました。今もあの頃の自分と大きく変わっていません。

ザメディアジョン・山近社長の第一印象は?

出会いは山近社長が初めて書いた『内定の達人』を書店で読んだとき。驚きました。会社説明会に参加するとまだ15人の会社で「でもこれからガンガンいくぞ」というような小さいけど威勢がいい獣のような雰囲気を感じました。社長と初めて直接会ったのは最終面接のとき。驚きました(笑)。大きいし、何かすごいオーラでした。でも話すとおもしろい。「人と違ったことに挑む」という当時の社風は自分の生き方とマッチしていたし、せっかく自分を選んでもらえたので内定後は入社をすんなり決めました。

就職活動中はどんな社会人になりたいと思っていましたか?

一人でも生きていける強い人。「やっぱり佐々木はセンスがいいね」「そんな発想があるんだ。斬新だけど本質的だよね」と言われるような人。あと、自分の名前で本が出せるような人になりたいと思っていました。

そのモチベーションはどこから?

自分の中にある欲望に忠実に向き合い、自分で湧き出させた、それはモチベーションなんて程度のものではない情熱です。熱狂と言った方がいいかもしれません。トンデモな毎日だった20代の終わりに家庭を持ち、それから新築一戸建てを持ち、休日にともに過ごすだけでトキめかせてくれる子どもを持ち、天才編集長と世間で評価されるようになり、30代後半で、ある意味欲望を満たしていました(もともと金銭的な欲望が少なかったこともありましたし)。しかし欲望をこの程度で満たしていたことに反省っ!ワッと世間様を驚かせることをしたいです。